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狂っていたのは俺か時代か [見てきました]

http://mimt.jp/kyosai/


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フェイスブックにあがってきたともだちのフィードで、
このコピーに惹きつけられて行くことになった。

基本的に自分のことがよくわかってないので、行きたいな〜と思ってても
行き損なったりということがよくある。

それで、一人でどこかに行くということはあまりなく、
出かけるときは誰かと一緒ということがほとんど。

で、出かけたんだけど、とても見応えのある展示でした。
6日までだったので是非。

それで、この美術館の中にカフェがあるんだけど、
誕生日ということで、友達がお祝いしてくれた。
この文明開化メニューがとても美味しかった。


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穴子とナスのテリーヌ


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ビーフシチューかな?デミグラスソースだった。
展示中の特別メニューだったのかな?

ご馳走さまでした。


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展示の中にこんな面白いサービスコーナーもあった。

おみやげ
Bigのボールペン

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ツートンの色がイロイロ、8種類くらいの組み合わせがあったけど、
小学生とお揃いで!この色にしました。

昨日は自然農園に行ったあと、
国会議事堂前に行ってきました。

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最近、夏休みあけの心配とか、夏休み中の事件のこととかで、
いろんな論議もある中で、
やっぱり、みえないことをひとつひとつたいせつに
紡いでいくしかないのだろうなと思うし、
とにかく、今がどうであれ、『生き延びる』ことが大切だと
感じています。
北山修先生が、生きるのはみっともないことばかり、
みっともなくても生き延びるのがだいじ、というようなお話しを
していたことがあって、
とても共感をおぼえました。

それからは、娘にもとにかく、どんな姿でも生き延びてと言ってきました。
いつまでも、続くことはなにひとつない。
いいことも、悪いことも。

生き延びてさえいれば、なんとかなる。

生きていると、思い通りにならないことばかり。
特に若いうちは。
時折、悔しくて泣いたり、怒ったりもする。歳を重ねても。

病気にもなるし、怪我もする。治ることもあるし、
治らないこともある。でも、
生き延びられたら、今のままじゃなくて、きっとなにかが変わっていくから

私は、そう思って今があります。

今日から9月。
アトリエは火曜日と木曜日に開けることにしました。
実は50歳になって、なんか変わるかな?と思ったのだけど、
なにも。
子どものとき、18歳になったら、何もかも薔薇色になるような、すごい大人になるような、
そんなことを思ってたけど、実際誕生日がきても、全然なんにもなかった…
50歳もおんなじだった。

ただ少しだけ、明確になりました。
10年くらい前、娘に「何のために生きるの」と聞かれ、
「その答えがわからないから、見つけるために生きるのかもしれない」
と答えたけど、
今は「とにかく生き延びることだ」と言う。
今わからなくても、生き延びていれば、いつかわかるかもしれないから。

だいじなのは、じぶんで生き延びようとすることだと思う。
私はこだわりはあまりないようなんだけど、
人任せにすることだけは嫌なんだなあと思う。
流されているんだけど、流されることを選んだじぶんとして
流れていると思う。

じぶんの心地よい空間はじぶんで創りだしたい。

さて、今日はアトリエ。
そろそろ行こ♪



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